テッド・チャン情報メモ

『Exhalation』 感想
(2009/2/21)

やっと読み終わりました。いや、またやられました。メロメロにさせられちまいました。(^ ^;)

ある種の感傷に胸を締め付けられる感じと、すごく広いところへ心が開けていく感じを同時に味わいました。テッド・チャンやっぱり健在なり。

ネタバレを避けるとあまり書けることがないのですが…。たぶん、「人工知能もの」と言っていたやつがこれではないかと思います。でも普通に予想する「人工知能」とはまったく違いました。むしろ出てくる道具立てはレトロ。もしかしたら、これもまたハードSFな設定が基盤にあるのかもしれませんが、私の今の知識で読むと『七十二文字』なんかに近い感触。今の私たちとは違う「テクノロジー」が機能している世界の話です。そしてしょっぱなから、おおまかな行く末が示されてしまいます。
冒頭4行を拙訳で引用します。

長いこと、空気(アルゴンとも呼ばれる)は生命の源であるといわれてきた。
これは、じつは真実ではない。
私がどのように、生命のほんとうの源を理解するに至ったか。そして、
その当然の結果として、
いつの日か生命が終焉する道程を
いかに理解するに至ったか。
それを記述するために、
私はこれらの言葉を刻む。

素人判断ですが、文章のリズムというか言い回しが、わざと硬く、古い散文詩みたいな雰囲気で書かれている感じがしました。実際、ところどころ小声で読んだのですが(英文を「解読」していて夢中になるとよくやってしまうのです(^ ^;))、詩か古典戯曲みたいにリズムがかっこいい感じがする。コンマの打ち方とか、呼びかけや畳みかける言葉なんかも、気持ちいいリズムです。朗読されたら耳に心地よいかも。というか、俳優さんが上手に朗読したら一幕ものの朗読劇として成立しそうです。(言いすぎかな。すみません、根本的にファンなので(^ ^;))

…さて、内容ですが、主人公たちが基盤とするテクノロジーや、語られる「世界のメカニズム」自体にとてもオリジナリティーがあるので、そこは伏せます。読んでのお楽しみに。とにかく主人公はその世界の解剖学を学んでいる学生です。彼は(主人公の名前は出てきません。性別もわからないし、そもそも性別があるかどうかもわからないのですが、いちおう彼としておきます※追記・あとから確認したら、heという代名詞が使われていました。男女という概念が出てこないのは確かなので、男性という意味づけはあまり重要でないと思いますが、いちおう訂正しておきます。性別がないとしても、英語ではheかsheとしか書けないかも…)自分の頭を解剖することで、生命の秘密を知ろうとします。

この描写が…なんというか、官能的なんですよ。たまらなく。ぜんぜんそういう要素はないんですけど。これは『理解』でも感じました。なんなんだろう、この妙な色気は。(笑)とにかくこれが、自分にとってのチャン作品の魅力の一部…であるのは確かです。

…で、彼が突き止めた生命の秘密とは…?これも書くわけには参りませんので、読んだときのお楽しみに。ただ、(チャン氏はどこかで、量子論には手を出さないと言っていた気がしたけれど)この生命観は、最近のスピリチュアリズムと外縁部で接している、量子論イメージのメタファーみたい、と直感的には感じました。

(…というのは、じつは三年ほど前に書いた拙作『交霊航路』で「スピリチュアリズムの量子論的解釈」みたいなものを書きまして、それと今回の作品に出てきたアイデアが、(表現や道具立ては違いますが)イメージのうえで相似しているのです。で、もしかしたらイメージソースが一緒なのではないかと…。我田引水なうえに深読みしすぎてるのかも知れませんが、自然に連想してしまったのです(^ ^;))

ただし、『Exharation』には二重の仕掛けがあります。先ほど書きましたとおり、これは私たち人間の話ではありません。当然、「死生観」も人間とは違います。しかし読んでいると自然に、人間の比喩と受け取れるので、いろいろ想起させられました。

たとえば、昔どこかの雑誌のコピーでしたが、「脳は脳を理解できるか?」という問題。

そして今現在のリアルな問題、悪化する環境に対するさまざまな反応

そしてある種の生命観と、穏やかで開けた諦観

…一人称でつづられてきたこの文章は、「誰」に向かって書かれているのか?それが明らかになる瞬間、読者自身がぐいっと物語のなかに参加させられます。彼が「あなた」と呼びかける誰か。それを自身で演じながら読むような、もっと言えばダイレクトに自分に語りかけられているような、そんな感じになります。非常に切実な呼びかけなので、胸が熱くなります。

そのようにして、私はふたたび生きる。あなたを通して。

心霊的な意味でなく、こういう言葉が出てきます。文章を読む、ということの意味について、コナン・ドイルが『Through the magic door』で書いていたことを思い出しました…。今風に言えば、誰かが書いた文章を読むことは、その書いた人物の思考を一時的にダウンロードすることに似ています。

…この主人公が書いた文章がいつ、どういう状況で「読まれている」のか、いろいろ想像が広がります。最後に提示される言葉はとても真実だと思うし、絶望と希望と解放感、視野が広がる感じが入り混じります。切なくて、美しくて、すっと開けていく読後感。誤解を恐れずに言えば、テッド・チャン版のスピリチュアリズム、とも読めました。

…今回、チャン氏の作品を初めて1本まるまる原文で読みました。読みながら「自分ならどういう言い回しで訳すかな」と考えるのが楽しかったです。訳しても公開するわけには行きませんが、頭の体操として個人的にやってみようかな…と思います♪

 

『Exhalation』は、こちらのSFアンソロジーに収録されています。

 

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