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My Dearest Undead

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目次

【コメディ小説】My Dearest Undead
小説解題・もしくは萌えネタ語り
Vicious
クリストファー・リーあれこれ

小説はリー御大の訃報が出る前日に脱稿していたコメディです。カッシング丈が昔もらったファンレターの話に絡めて、ファンは自分とリーがまるでウィスタブル(カッシングが住んでいた町)の地下で一緒に暮らしているように思っている、ラブリーだ、と微笑ましい話をしていたのがイメージ元で、ベタに「フランケンシュタインとドラキュラが同居」です。リアルネタも織り込んだ腐女子目線のパロディになっています。

後半少し感傷的なところがあり、このタイミングではシャレにならない部分もありますが、ラストはなんとなくこの時期でもよさそうな気がするので、このまま出すことにしました。悲しい時期ではありますが、できるだけ楽しく読んでいただけたらと願っております。

ほかに小説のもう一つのイメージ元になった『Vicous』(イアン・マッケラン、デレク・ジャコビがゲイの老カップルを演じるシットコム)のご紹介や、急遽クリストファー・リー追悼記事なども入っています。


小説冒頭部分
(推敲で部分的に変わる可能性はありますが、だいたいこんな感じです)

My Dearest Undead

 …そろそろバレそうだ。リアルドラキュラとか言われ始めているし――。
  保養地の地下に作られた薄暗い宮殿のような住まいで、ドラキュラ伯爵こと世をしのぶ仮の姿クリストファー・リーは、パソコンのディスプレイを眺めてため息をついた。

 『クリストファー・リー、ニューアルバムリリース』の文字が、おどろおどろしいフォントで表示されている。ついている画像は数年前の写真とCDのジャケットデザインを合成したものだが、なかなかいい出来だ。レビューも敬意にあふれていながら、お世辞でない評価を楽曲に加えている。この記事は合格だ。…しかし記事についているコメントが気になった。そう、軽薄な一般人の反応はこういうところに表れるのだ。

『クリストファー・リーって、本当に不死なんじゃないの?(笑)」

 ここ数年、この手のジョークが増えた。無理もないのだが。
「…どうしたものかな……」
 額をさすりながらよく響くバリトンで独り言を言うと、背後に気配がした。そして頭上から穏やかな……それでいて険のある声が響いた。
「派手な活動をするからだ。俳優になって映画に出たうえに、歌まで歌って売りさばくとは。見下げ果てた自己顕示欲だな」
 伯爵は振り返り、盆を持ってつんとすましているヴィクター・フランケンシュタイン男爵を見上げた。
吸い込まれるような青く大きな眼と、するどい鼻梁。薄い唇。二百歳を超えているはずのこの男は、六十代初めの最盛期の美貌(当社比)を完璧に保っている。伯爵は彼を睨みつけた。
「朝から憎まれ口か? 誰のおかげでいまだに大好きな研究三昧ができてると思ってるんだ」
「誰のおかげで人間を襲わずに安穏な生活をできてると思ってるんだ」
「ふん、ありがたくない。そのおかげで……」
伯爵はヴィクターを睨みながら、思わず唾を飲み込んだ。
噛みたい。
あの筋ばった白い首筋に噛みついて、悶える彼をこの腕に抱きしめたい――そんな思うだにクラクラと目眩がするほどお耽美な役得の言い訳が、ヴィクターが開発したものによって失われてしまった――。
ヴィクターは片方の眉をあげて横目で見下ろした。
「…そのおかげで、君は太陽の下を歩けるようになったのだぞ。忘れてもらっては困るな」
「むー……」
伯爵は口をとがらせて黙り込んだ。
そうなのだ。彼はヴィクターに頭が上がらない。話せば長い話になるが、はしょるとこういうことだ。

 ドラキュラの一目惚れで無理矢理伴侶にされてしまったヴィクター・フランケンシュタインは、もちろん当初激昂した。彼自身年をとらず日の光を恐れる身となり、人間社会に帰ることもできなかった。ドラキュラを殺そうとしてそれがかなわないとわかったあとは、鬱に陥ってハンストをして死にかけた――正確には吸血鬼=不死者(アンデッド)となった時点で一度死んでいるのだから、二度目の死とでも言うべきだが――とにかくドラキュラはヴィクターをなだめるために彼が望むだけ資金を提供し、ヴィクターは道楽の研究に没頭することで生気を取り戻した。(二人のここに至るまでのいきさつには、ちょっとしたヘレン・ケラー物語並みのエピソードがてんこ盛りだ。それについては「クリストファー・リー」の「死後」百年経ったら発売される予定の告白本、『ドラキュラの真実』で明かされる……かもしれない)

 ヴィクターは、やがて完璧な人工血液を開発した。半ばは自分が定期的に生き血を飲むのがいやだったからだ。自分で人を襲ったことはなく、ドラキュラが雛にエサを運ぶ親鳥よろしく調達したが、それもいやだった。いくらバカラのグラスに入れても生き血は生き血だ。
 二人はヴィクターの人工血液を試し飲みした。すると、なぜか彼らの日光アレルギーが治り、鏡にも映るようになった。ヴィクターは研究の成果だと言い張ったが、じつはまったくの偶然だった。単に砂糖と塩を間違えたのである。いったいどんな研究だったのだろう。

 とにかく素晴らしい発明だったが、ドラキュラにとっては福音と呪いがワンセットで来たようなものだった。「天然もの」の生き血を飲むと腹を下すようになったうえ、無理にそうすると再び日光アレルギーが出てしまう。おかげでヴィクターのホームメイド血液が欠かせない身となり、二人の立場は逆転しそうになった。
 逆転にまで至らなかったのは、ヴィクターにとっても、この世界で生きていくためにドラキュラの庇護が必要だったからだ。彼は研究に没頭する生活に慣れすぎたあまり、もはや日常の雑事や経済的な問題、年をとらないことを隠す工夫に意識を向けることなどまったくできなかった。だから彼が当てこするドラキュラの「自己顕示欲」が頼りだ。ヴィクターは、伯爵が稼いだ金でできた大きな地下の屋敷にこもり、実質彼に頼って生きている。奇妙な共棲関係というわけだった。

 …とにかく、ドラキュラ伯爵は昼日中(ひなか)の活動が解禁となり、人生から閉め出していたさまざまな楽しみを謳歌してきた。たとえば偽名を使って俳優になってみるとか、若者のバンドと組んでヘビメタアルバムを出してみるとか。
 しかしその代償に、なにより心ときめく行為を封印されてしまった。あれ以来ヴィクターは、ドラキュラに指一本触れさせない。毎日顔を合わせて、それどころか同じ「地面の下」に暮らしているのに。最近は会話も皮肉の応酬になりがちだ。

 ヴィクターがそっぽを向きながら聞いた。
「朝の一杯をご所望かね、伯爵?」
 伯爵はくやしそうな顔をして答えた。
「…頼む」
 ヴィクターは勝ち誇ったようにほくそ笑むと、盆のうえから赤い液体の入ったグラスを取り、小指をたてて優雅なポーズをとると伯爵の手に渡した。
「堪能したまえ」
 伯爵はのどを鳴らして一気に飲んだ。
「うーん、まずい!」
「もう一杯?」
「間口のせまいギャグを言うな。時代遅れめ」
「自分の服を見てから言え。この化石人間が」
 伯爵は自分が羽織っている、黒くて裏地が深紅のマントを見た。
「家でくらい好きな服を着させろ。これが一番落ち着く」
「二十一世紀だぞ」
「どこに問題がある。最高級品だ」
「処置なしだな」
 ヴィクターはため息をつくと、空になったグラスを伯爵の手から取り上げた。
 伯爵はヴィクターを眺めまわした。通販で買った、二十一世紀の科学を結集したノンアイロンシャツを着ている。彼は「精神の柔軟性」で伯爵よりはるかに秀でていると自負している――これは科学者に何より必要なものだと。最近は機能的なうえに着心地のいいユニクロの服もお気に入りだ。ドラキュラが軽く暖かいフリースの服を拒み、冬場に寒い寒いと愚痴をたれるのを見て、バカじゃないかと言い放ったことさえある。…とはいえ、その二十一世紀の機能的なシャツに骨董ものの幅の広いタイを締め、特注した古風なウェストコートを着込んでいる男に、「化石人間」などと言われたくはない。こういうのを「目クソ鼻クソ」というのだ――ドラキュラは唇をとがらせた。

 ヴィクターは、すたすたと彼の研究室に向かって歩き出した。ドラキュラがはっとして言った。
「待てヴィクター。今日も仕事なのか?」
「もちろんだ」
「…たまには出かけないか。牡蠣を食べに行くのはどうだ?」
 ドラキュラは長い指で、パソコンの画面をさして見せた。表示されているのは、地元ウィスタブルの名物、「オイスター・フェスティバル」の公式サイトだった。

(後略)…

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