お試し読み
(18) 赤ひげデイズ

Contesnts

赤ひげ同盟(小説)

なかがき(小説あとがき)

ジョンの従軍地・ヘルマンド州が出てくるアフガン戦争映画
『アルマジロ』(2010)
『パトロール』(2013)

あとがき兼キャストさんについてフリートーク

 

収録イラスト

上記イラストは挿絵ではありません。
小説は短いですがシリアスです。(^^;)

実物誌面は縦書きの二段組です。

小説冒頭部分

赤ひげ同盟


   まったく忘れていた。本当に頭になかった。弟から電話が来て、大切なプライベート・タイムを邪魔されたとき、やっとピンときたのだ。あの元軍医の結婚式だと。

 あいつは少し得意になっていたようだ。「親友から花婿付添人を頼まれた」ことで。だからそれを吹聴せずにいられなかったのだろう。そうでなければ、ノコノコと一介の医者の結婚式に出るために、プライベート・ジェットを飛ばせなどと冗談を言えるはずがない。あいつが下手な冗談を言うのは、いつでも有頂天になっている証拠だ。
…気に障って、気にもなった。本人が気づいていないのが。だからこう言ってやった。
「赤ひげを覚えてるか?」

*   *   *   *   *

 赤ひげは実家で飼っていたアイリッシュ・セッターで、我が家に来たのは私がやっと物心ついた頃。弟が生まれる前だった。そのころ家族の中心は私で、犬も友達のいない私を心配した両親が飼うことにしたのだった。だが、よだれを垂らして走り回り、急に飛びついてきたり、耳障りな声でほえたりする毛むくじゃらの生き物は、私にはありがたくなかった。
やがて私は学校にあがり、図書館のありったけの本をどれでも読めることに夢中になった。教師にちょっとした質問をして、回答できないさまを観察するという遊びに新味を見いだした私にとって、犬の存在感はまったく消え失せていた。

 生まれたばかりのシャーロックが、入れ替わるように後を引き継いだ。弟にとっては、生まれた時から赤ひげがいるのが当たり前だった。就学前のシャーロックは、一日のほとんどをあの犬と過ごしていたはずだ。赤ひげも家族の中で弟に一番なついていた。大きな赤ひげは、シャーロックを自分の子供だと思ったのだろう。なつくというより守っているようだった。夏でも火のない暖炉の前は定位置で、弟と犬はよくそこでじゃれ合ったり昼寝したりしていた。

 赤ひげは長寿な犬で、死んだのはシャーロックが学校にあがったあとだった。その日私は図書館で勉強して遅く帰宅した。母と父がシャーロックを気遣っているのが一目でわかった。赤ひげが定位置の暖炉の前にいないのに気づいたが、死んだのだろうと自然に思った。口に出す必要さえ感じなかった。シャーロックは不満げだったが、別に悲しんでもいなかった。

 そんなことより、私には大切なことがあった。その日返されたレポート…そこに書き添えられた教師の絶賛のコメントに、両親の注意を向けたかった。――子供だったのだ。まだティーンエイジャーだった。私とて、生まれたときからこうじゃない。だが二人は一言褒めたきりで、神経質に弟を見守っていた。弟は赤ひげの定位置の隣で、いつも通り床に座り込んで本を読んでいた。

 私は――そう、少しばかりへそを曲げたと認めよう。繰り返すようだが、子供だったのだ。あんな老いぼれ犬が死んだことがなんだというのか。大往生じゃないか。すでに犬の平均的な寿命は知っていたし、赤ひげがそれを超えていること、ここ数ヶ月はあまり動かなくなり、食べる量が減ったことを知っていた。一日のほとんどの時間眠っているようだった。それが死ぬのは予想できたことだし、ただの自然の摂理ではないか。そう思った。弟だって、別に泣いてもいない。

 夜が更けて弟が歯を磨きに居間を出て行くと、母が私に耳打ちした。
「赤ひげが死んだの」
めんどくさい、と思いながら私は答えた。
「わかってるよ。埋めたの?」
「裏庭よ。ライラックの陰……ね、マイクロフト。シャーロックにはね、赤ひげが死んだとは言わないでちょうだい」
  私は胸の奥がかすかにむかつくのを感じた。 (後略)…

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