お試し読み
王殺し
※お詫びと訂正
しばらくの間、旧版に収録していたエッセイサンプルが残ったままになっておりました。
まことに申し訳ありません。
今回の紙版・kindle版にはエッセイは収録しておりません。
何卒ご了承下さい。
目次
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【あらすじ】
時代は十九世紀。
イギリスの学術調査団が、南米奥地に住む幻の部族を訪ねる。
一行を
率いる初老の研究者キャバリエは、
その部族を統べる
若き王と念願の対面を果たす。
いっぽう、キャバリエを父と慕う青年マイヤーは、
その部族が儀式に使う香カハワキヨを手に入れるため
神官に取り入り、本来「異国人」には許されない託宣の儀式を受ける。
その行為はキャバリエとマイヤーの関係を狂わせ、
やがては王の運命を狂わせる。
本文冒頭部分
1.黄金の王 その夢の中で、彼は少年だった。 …だがその大切な本の一冊から、切り取ってしまった色刷りの絵がある。 黄金色の肌をし、紅い腰布と鳥の羽の飾りをつけた蛮族の王が、気高くうつろに彼を見つめる。彼はそれを見つめ返す… …目をあけると、彼は一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。狭いテントの中にかすかに光が射しこんでいる。頭のすぐ横に、ズック製のリュックサックとランプがある。 その部族の存在が最初に確認されたのは、この地に黄金を求めてスペイン人たちがやってきた十六世紀のことだった。その膨大な手記や年代記に、彼らの痕跡を見ることができる。なかば伝説のようなまゆつばものの記述もあり、対照すれば矛盾する箇所がいくつもあった。 いわく、彼らはペルーにあった大帝国タワンティン・スーユ…スペインに滅ぼされ、インカ帝国の名で知られる…の支配を逃れていた小部族であった。インカ帝国が滅びたあとは、スペインの支配をも逃れ、密林の奥に隠れた。 …幻の蛮族の族長は、しばしばインカ帝国の後裔が再建したとされる黄金郷(エル・ドラード)の王と混同され、黄金の王(エル・レイ・ドラード)と呼ばれた。その王は、毎朝芳香のただよう樹液を体に塗り、金粉をつけて全身を輝かせるという。そして夕方には聖なる湖で沐浴し、その金粉を惜しげもなく洗い流してしまう。インカでは王が死ぬと遺体をミイラにするが、彼らはしない。 …彼らは賢く、慎重で、交易に応じない。または人なつこく、旅人に豪華な食事をふるまう習慣がある。…または悪魔の徒で、野蛮な儀式の際にしばしば人間を食す…。 彼らが最後に目撃されたのは百年ほど前、一七九二年にフランス人の探検家が道に迷い、彼らに助けられたときだった。彼らは瀕死の旅人を救い、食べ物を与えた。元気になると目隠しをしてリャマに乗せ、丸一日連れまわし、集落の場所がわからないようにしてから街道へ送り出した。 「…起きておられますか?」 キャバリエは立ち上がり、テントの外に出た。緑の山々を見下ろす平らな野営地には、テントとリャマが並んでいた。現地で雇った荷役夫たちが、朝食のしたくをしている。混血(メスティーソ)の通訳が挨拶をし、テントから顔を出した調査団のメンバーが笑顔を投げかけた。キャバリエは彼らに笑顔を返し、見晴らしの良い岩のうえに登った。 朝日が険しい山々のひだを浮き立たせ、眼下にはもやを通してリボンのように谷川が見えた。その川は密林へと流れ込み、記録によると、かの蛮族の国へと続いているのだ。 ロバート・マイヤーは、控えの間にむせるほど焚かれた香を分析したくてうずうずしていた。嗅いだことのない香りだった。伝説の香カハワキヨはこれだろうか、と期待がふくらんだ。香りはみごとな石組みの壁にも滲みこんでいるように思われた。 隣の部屋から、やっと通訳が戻ってきた。 王は若かった。見た目どおりなら二十代前半の青年で、キャバリエに息子がいたとすれば(彼は独身をとおしてきたのだが)ちょうどこのくらいだろう。体格は大きくはなく、遠目には華奢に見えた。しかし物腰は気高く、高い石の玉座から、異国人を哀れむように見おろした。 王の装束はだいたい年代記にあるとおりだったが、肌は普通の原住民と同じ褐色で、金粉をつけてはいなかった。また、身につけている装飾品も黄金製ではなかった。紅い腰布に、羽とビーズと焼き物で装飾されたベルトをつけ、さまざまな色の糸を織り込んだ見事な布を肩にかけている。頭には鮮やかな紅色の羽飾り。額には太陽をかたどった青銅の飾りをつけていた。右手には勺杖をもち、黒い髪が肩から胸まで流れるようにかかっている。 黄金を身につけていないことをのぞけば、王のたたずまいは本から切り取った絵にそっくりだった。キャバリエは、この王は自分が子供だった頃から若いままでいるようだ、という不思議な思いにかられた。王のまなざしは若さに似合わず落ち着きがあり、しかも強く、いきいきと輝いていた。 王はかたわらにいる通詞(つうじ)になにかささやいた。王は謁見者とは直接口をきかないのだ。通詞が通訳に伝え、通訳はキャバリエに伝えた。もっともそのまえに、キャバリエには意味がわかっていた。 (……)
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