お試し読み
(10) 雨の日のために
二次小説(R18)
雨の日のために
(A5・プリンタ印刷・44ページ)
500円 2013年6月発行
ちょっと珍しい(?)レストレード/ジョンで、
ライヘンバッハ後のジョンのシャーロックへの想いを絡めたシリアスものです。
(既刊『I AM YOUR MAN -Short Stories-』の続編になります。
ストーリーは続き物ではなく、人物関係のみ引き継いでいます
)
目次 『彼を信じてる』・・・・・・・・・・7 『雨の日のために』・・・・・・13 あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・40
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小説本文見本 (『雨の日のために』冒頭部分約4ページ分です)
銃声。 ジョンは悪くすると…いや、確実に、彼の死んだ親友より残酷なことを言ってのけた。警部にもそれが最近わかってきた。シャーロックは人が傷つくことを平気で言った。だがそれは、言葉がどう受け取られるかを気にしていなかったからだ。ジョンは意識して突き刺す。警部はため息をついてから言った。
* * * * *
ジョンが立ち上がってジーンズをあげるのを、レストレードは横になったまま見ていた。 水色のタイルで縁取られた大きな鏡の前で、ジョンはシャツを脱いだ。レストレードがつけた爪の跡が腹に残っていた。今日のものではない。そして赤みは薄らいだものの、まだいびつに引きつれている肩の傷跡。 背の高い彼に抱きすくめられると、自分はすっぽりと包み込まれるようだった。だがあのときの彼は、怖い夢を見たと親に抱きつく子供のように小さく思えた。…目の前には彼の縮れた黒い髪があった。耳に触れるほど鼻を寄せて匂いを吸い込み、ここにいる「友達」が幻でなく、質量と体温を持つことを確かめようとしていた。…ジョンは目をとじた。 首と肩にかかる彼の息と、不慣れに自分の背中を撫で回す手の感触が甦った。旅先の夜のよそよそしさが、ロンドンの慣れた部屋での彼とは別人にさせていた――。…そして柔らかな唇が、間違ったようにこの傷跡に触れた。 …ジョンは目をあけた。ばからしい感傷。こんな思い出にしがみついてどうする。ひとりごちて頭からシャワーを浴びた。頭の中身も排水口に流れていけばいい、と思いながら。 ジョンは決して、一人で過ごすことが耐えられない人種ではない。だが否応なく再生する記憶と、目の前にいてなにもできなかった無力感の余韻は、目の前の唯一のなすべきこと…自分一人を養うという…に集中することを妨げた。夢遊病者のように、心ここにあらずで仕事を選んでは、長続きせずやめていた。今いる職場も、いつまで続くか自信がない。 …タブロイド紙など読まない層には、あの事件はたいした印象を残していない。たとえ耳にしていたとしても、その偽探偵の元相棒に…「親友」に騙されていた哀れな男に…興味を示すのは品のない行為だと思っている。ジョンが選んだ医療関係の職場には、そんな人々が多かった。 すべてを「知っている」警部といるときには、その微温の苦しみから逃れることができた。ましてや頭のなかが真っ白になる瞬間には。まったく情事などではなかった。こんなことをしていながら、いまだにキスもハグもしたことがない。 それは警部にとっても同様だった。あの事件以来、仕事場も家も、いっそう神経をすり減らす場所になった。もともとすきま風が吹いていた妻との距離も開く一方だ。 ジョンが髪をタオルで拭きながら居間にいくと、警部は何事もなかったようにいつもの苦笑を向けた。入れ替わりにシャワーをすませる間にジョンが冷凍食品をレンジに放り込み、二人でいつものようにラガービールを飲んで、黙ってつまらないテレビを見た。…話すことがないのだ。 あの事件以来、警部は妻への愚痴をジョンに聞かせない。ジョンには愚痴を作るあてがないことを思い出させないように。だからすぐに話すことが尽きてしまう。おかしな「気晴らし」で時間をつぶすことになる。 外は雨だ。日は長い季節でまだ薄明るいが、この時間になると人通りも少ない。テレビには先日のデモの映像…マーガレット・サッチャーの葬儀を国の予算で行うことに反対する人々…の映像が流れ、暴言が売りのタレントが面白おかしくコメントし始めた。 ……
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